パインファニチャー
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猟犬に追われ助けを求めて逃げ込んできた野うさぎ。
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むささび達の求愛の場所、一本杉
私達の住む校舎には、とても可愛い先住者がいました。工房にした講堂に入ると、天井裏からトントンと動物の跳ねる音がするのです。不思議に思っていると、夕方、工房の裏に何か動物がいるのです。慌てて懐中電灯で照らして見ると、可愛いリスのような動物です。あっ、これはムササビ!以前、同じ山暮らしをしている友人が育てていたので覚えていたのです。懐中電灯に目が眩んだのか、ムササビは、しばらくじっとしたままでした。私はあまりの可愛さに、思わずふわふわの尻尾を触ってしまったのです。すると、びっくりして、暗闇の中に消えてしまいました。あの可愛さは、今でも鮮明に覚えています。ムササビは学校前にある集会所の天井裏にも住んでいて、繁殖期ともなると、ギャーギャー鳴いて運動場の一本杉まで滑空し、二匹が木の幹に張り付いて、ぐるぐる回っていたりするのです。私達が住むようになってから、運動場に二本の芝栗の木が育ち、実をつけるようになったのですが、これは、ムササビが滑空の途中で栗の実を落として芽吹いたのではないかと思うのです。そして、それはもしかしたら、山の新しい住人になった私達へのプレゼントだったのでは、なんて、考え過ぎでしょうか。でも楽しいから、そう思っておくことにしましょう。校庭に植えられた染井吉野の白骨化した幹には、子げらが巣を作り、小さな丸い穴を幾つも開けています。ユーモラスな動作に、私達は、こげちゃんと呼んで親しんでいました。工房の裏には、子げらより大きな青げらや大赤げらもやって来ました。ドドドドと、機関銃のような大きな音でドラミングして、飛んで行くのです。ドラミングは、嘴で木をつついて音を出すことで、縄張りを主張したり、仲間への合図とされています。あまりの大きな音に、最初はびっくりしましたが、すぐに慣れて、親しい友達が遊びに寄ってくれたように思えるのでした。瑠璃色の羽におおわれた鳥、大瑠璃も見ることができました。美しいさえずりに外を見ると、そこに初めて見る鳥、大瑠璃がいたのです。ひときわ大きな声でピイーヒイーリリと何度もさえずり、どこえともなく飛んで行ってしまいました。日本の国蝶であり、絶滅危惧種に指定されている大紫にも出会いました。大紫は、榎の木が無いと生きていけないと言われています。所藪にはその榎の大木が二本もあるのです。運動場の木陰をひらひらと舞っている紫の美しい姿態にしばらく見とれて、蝶の後を知らず知らず追い掛けていました。所藪に住む人は少なくなったけれど、沢山の動物や植物達が、心を和ませてくれたり、豊かにしてくれているのです。所藪は美しい宝物で一杯でした。

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遠火の強火で焼いたあまごの塩焼き、風太の大好物
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私もあまご釣りに挑戦
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今は亡き柿谷誠氏を囲んでのセミナー
 面河に住んで一番過ごしやすい季節は、なんと言っても夏です。寒くもなく、暑くもなく、木々の間を抜けて来る風は、天然のクーラーのようです。さわやかで、何と心地よいのでしょう。友人が来るたびに、運動場で天の川を眺めながらのバーベキューや花火、そして川遊び。水は冷たすぎるほどですが、滑床になっている浅瀬を歩いていると、桃源郷にいるような、そんな気持ちになります。七、八月は、渓流魚のあまごが一番おいしくなる時期なので、夫は釣りに余念がありません。天然あまごを竹串に刺して、炭火で焼いたものは絶品です。風太と猫のマルは大好物で、マルなどは、あまりのおいしさに唸り声をあげながら食べるのです。郵便局の人が、釣ったうなぎを郵便配達の途中に、バケツに入れて持って来てくれたことがありました。生きたうなぎなど、どう料理したらよいのかわからず、夫と二人掛かりで、苦労して蒲焼にした思い出があります。そのうなぎは、言わずもがな、最高の味でした。美しい渓流の水も、一度激しい夕立が来ると、茶色く濁ってしまいます。というのも、山が杉などの人工林になってしまったため、保水力がなく、すぐ濁流となってしまうのです。当然、生活用水に使っている谷水も、真っ茶色です。お風呂はまだしも、さすがにその水でお米を炊くのには、抵抗がありました。でも、この水で人が死んだという話は聞かないし、薬品ばかりの水道水よりは、安全だろうと納得しました。面河に住んで二年目の七月、移転して初めての家具の作品展を開きました。夫が師と仰いでいる京都の中川さんはじめ、九州の民芸店の方々、高知や松山近郊からは四百人ものお客様が、山深い工房まで足を運んで下さり、大感激でした。パイン家具の草分け的な存在である富山の今は亡き柿谷誠さんにも来ていただき、セミナーを開催するなど、とても充実した作品展になりました。所藪地区では七月十日頃、道草刈りをします。雨で腰丈ほどになった草を手際よく刈り取っていきます。その時、ある出来事が起こりました。突然、大声で「マムシをつかまえた」と、誰かが叫んでいます。見ると、明おいさんが草刈機の先でマムシを押さえているのです。すぐに、幾おいさんが鎌の背でまむしの急所をひと叩きしたと思うと、マムシはもうぐったり。首のところから皮をさっとはぎ、木にくるくるっと巻きつけて、何事もなかったかのように草刈りを続けたのです。その手際のよさといったら、名人技としか言いようがありません。どうして巻きつけておくのか聞いてみると、後で持って帰って食べると言うのです。びっくりしましたが、マムシの肉はとてもおいしいのだそうです。私達の持っていない、生きる力を持った山の人たちの強さをかいま見る思いでした。
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新緑が銀色に輝く小楢の林
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お庭でお食事、ゴキゲンの風太
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猫のマルとお散歩
ホーホケキョ、うぐいすが、あちらでもこちらでも賑やかに鳴きはじめました。やっと長い冬が終わり、春が来たんだという実感が湧いてきます。山にはコブシの花が咲き、それを待っていたかのように美しい新緑、特に小楢の林では新緑が銀色に輝き、格別の美しさです。面河に来て、私達の一番の楽しみは散歩でした。夫と私は、幼い風太を一輪車に乗せて、メス猫のマルも一緒に休みながら、ゆっくり散歩を楽しみます。一輪車の揺れとぽかぽか陽気で、風太はすっかり幸せな顔をして寝入っています。その様子を見ていると、こちらまで眠くなってきます。散歩の途中のおやつは、野苺や木苺を採って食べます。風太は野苺が大好きです。一歳の時、突然、風太が家からいなくなり、慌てて夫と二人で捜していると、なんと素足のままで運動場の隅に熟れていた野苺を、口の回りを真っ赤にして食べていたのです。見つけた私達は大笑いしてしまいました。一度食べた野苺のおいしさを覚えていたんですね。わが家の猫マルも春になると、ますます活動的です。散歩に出掛けては、林に入って木登りをしたり、野鼠を捕って食べたりします。野兎、栗鼠、雉に似た小綬鶏などの小鳥、それらは食べることはなくて、私達へのプレゼントに家に持って帰るのです。突然、部屋にかわいい子栗鼠が横たわっているのですから、こちらはもうびっくりして、マルを叱るやら、小栗鼠がもしや生きていないか調べたり、大騒動になるのです。一度など、生きたもぐらをくわえて帰ってきて、運動場で逃がしてしまったものですから、運動場がもぐらの掘った穴で、でこぼこになってしまったこともありました。前組では、私の家を除いて全世帯が農家なので、五月になると田植えが始まります。日曜日など、都会から田植えの手伝いに戻った若い人達で、田んぼからは賑やかな声が聞こえてきます。田植えを終えた五月二十日頃、公民館行事で田休み会を開きます。婦人会の踊りを見ながら、料理を食べてお酒を頂くのです。そして、歌いたい人はカラオケで歌い、踊りたい人は踊るのです。何の気取りもなくて、本当に楽しいのです。新参者の私達には、みなさんが順にきて、お酌をして下さるので、最後には酔っ払ってしまいます。全員で輪になって踊った炭鉱節は忘れられません。初めて行った田休み会は、小さい頃、こんなことがあったような、あたたかい隣近所の交流のあった昭和三十年代のような、そんな錯覚を覚えたのです。心温まる人間関係が、まだここには残っている、そう確信したのでした。

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春が来ました。
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マーガレットがたくさん咲きました。
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集会所の前のつつじの巨木、みごとな花です。お世話になっている材木屋の社長さん達と。
春ともなると山には、自然からの贈り物がたくさんあります。最初に感動したのは、校庭に三つ葉がたくさんあったことです。お吸い物ができてから、三つ葉を採りに行き、刻んでぱっと入れると、野性味の強い香りが広がるのです。同じ校庭でつくしも採り放題です。座ったままでたくさんのつくしが採れるのです。放置された田んぼの芹をたくさん採って、豚肉といため煮にしてご飯にかけ、豚芹丼も作りました。すぐ下の小さな流れには、わさびもあります。このわさびは、マーねえさんが植えたもので、毎年たくさんの花をつけます。マーねえさんがわさびの甘酢漬けの作り方を教えてくれました。わさびの若い葉とつぼみを採って、熱湯をさっとかけて、さました甘酢に漬けるのです。ぴりっとしたわさびの味と甘酢がほどよくマッチして、とてもおいしいのです。マーねえさんが野地と呼ばれる沢に植えたふきも、傘になるほどりっぱなふきでした。林に入ればわらびやぜんまいもたくさん採れます。所藪の人達は、米袋に三十袋くらいは採って保存食にするのです。学校の裏山には孟宗竹と淡竹があり、筍は食べ放題です。筍はだんだん校舎の近くに生えてくるようになり、そのうち校舎の床から突きぬけてくるのではと心配するほどの勢いです。三月頃薪ストーブ用に買った小楢の木を使って、椎茸の菌植えにも挑戦です。小楢の幹にドリルで穴をあけ、菌の入った直径8ミリのコマと呼ばれる丸棒を、一個ずつ打ちこんでゆきます。わからないことばかりなので明おいさんマーねえさんが手伝ってくれることになりました。穴を開ける間隔とか、なかなかむつかしくて、結局、明おいさんが全部穴を開けてくれました。私は菌植えをしてみます。金槌でコーンと打ち込むのですが
、結構力がいります。マーねえさんが見かねて手伝ってくれました。菌植えの終わったホダ木は井桁に組み、上に杉の枝などかけて、ひと夏、半日陰に置きます。しばらく置いておくと、菌植えしたところが白くなってきます。そして、秋になるとそのホダ木を立てて置きます。そうしておけば、翌春には、おいしい椎茸がたくさん生えてきます。春子、秋子の菌を植えたので、秋にも食べられます。少し頭が出たくらいのものを薪ストーブの横に立てかけ、霧ふきだけの水分で育ててやると、ドンコと呼ばれる肉厚のものより、さらに肉厚で香りの強い椎茸ができます。
先に七輪で炭を熾してから椎茸を切りとり焼きながら食べるのです。これはマツタケよりも美味しいかもしれません。そして、時々は明おいさんの捕った蜂の子で作った、蜂の子ご飯などという珍味も登場しました。街に住んでいれば体験することのなかった椎茸の菌植えや、山菜採りを経験し、こんなおいし食べ物に囲まれて、自然の豊かな恵みをしみじみと感じることができました。

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所藪のみなさんと私達夫婦それに診療所の先生達
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元講堂を工房にして仕事に励む夫
 私達が住み始めた前組地区所藪は当時5世帯、その内3世帯の姓は菅なので、みなさん名字では呼ばず、勝海さんなら勝にいさん、ユリ子さんならユリねえさん、私の名前は伸恵なので当然、伸ねえということになります。山の中の集落というのは、とても結びつきが強く、困った時には、ものの貸し借りから始まって、何でも相談して助け合います。草刈りや祭り、月一度の集会など集まることも多くあります。いつ誰が何をしているか、なぜか知っていて、私達の朝が遅いこともすでに知れ渡っていました。皆さん、とても優しくて、勝海さんユリねえさん夫婦と、明おいさんマーねえさん夫婦には、たいへんお世話になりました。勝海さんは、私達が面河に来たことをとても喜んでくれて、困った時は、いつも相談にのってくれました。材木置場を作らなくてはいけないと相談すると、間伐材を切り出し地元の人を集めて安く作ってくれたり、他の人とトラブルがあると仲裁してくれました。勝海さんはまたたび酒作りの名人で、またたびの採れる秘密の場所を持っていました。これを飲むから元気なんだと、いつも言っていました。奥さんのユリねえさんは料理が得意で、私達のところに大事なお客様があると言うと、電話がかかってきて、赤飯を炊いたから取りにおいでと言ってくれる母親のような人です。手作りの料理や野菜をよく届けてくれていました。明おいさんは、とても楽しくて何でも気楽に話せる人でした。社会の窓をいつも開けたままで、にこにこしていました。お酒が離せなくて、自分の山や畑には日本酒の一升瓶がごろんと置いてあるのです。作業小屋に遊びに行くと、自分は日本酒しか飲まないのに、必ずビールを冷やしてくれていて、飲め飲めと勧める人でした。奥さんのマーねえさんは、とても気さくな人で、干し柿をいっしょに作ってくれたり、初詣にもいっしょに行ったりするほど、仲よしでした。他には、一番の力持ちで、たよりになる50代の富夫さんと、のんびり屋の奥さんの恵ちゃん、70代で牛飼いの幾おいさんと、病気でも働き続ける不屈のナミおばさん、私達が来てすぐ後家さんになった春子さんと息子の福ちゃん、以上が所藪の人達です。山の人達は本当によく働きます。朝6時に家を出て松山まで土方さんに行き夕方6時に帰ってきてから暗くなるまで、農作業をするのです。日曜日も当然、農作業で、休む暇などありません。休むのは盆と正月、それに公民館で毎年行われる田休みの会の日とお祭りくらいでしょうか。ほんとうに頭が下がります。私達には、とても山の人達の真似は出来ないけれど、街の暮らしでは味わうことのできない素直な心の交流を持てるということが、とても新鮮でした。